SEMINAR 市民公開シンポジウム

身近な植物バイオテクノロジー -食品と農業-

市民と高校生のための公開シンポジウム

テーマ:「身近な植物バイオテクノロジー -食品と農業-」
    2001年度文部科学省科学研究費補助金「研究成果公開促進費」補助事業
日時 :2001年7月29日(日)13:00~16:30
場所 :東京農業大学 世田谷キャンパス 百周年記念講堂
対象 :一般市民の方、高校生など 主催 :日本植物細胞分子生物学会
共催 :東京農業大学生涯学習センター

<プログラム>
  総合司会 斉藤 和季(千葉大学 教授)
   13:00-13:10  開会の挨拶
               内宮 博文(日本植物細胞分子生物学会 会長)
               小泉 武夫(東京農業大学生涯学習センター長)

  座長 田中 重雄(東京農業大学 教授)
   13:10-13:50  ゲノム時代の植物バイオテクノロジー入門
               柴田 大輔(かずさDNA研究所 室長)
   13:50-14:30  機能性食品とバイオテクノロジー
               荒井 綜一(東京農業大学 教授)
   14:30-14:50  休憩

  座長 山川 隆(東京大学 助教授)
   14:50-15:30  発酵と人類の知恵
               小泉 武夫(東京農業大学 教授)
   15:30-16:10  植物バイオの企業化
               柴田 勝(王子製紙株式会社 研究所長)
   16:10-16:30  パネルディスカッション
               コーディネーター 柴田 大輔

   16:30     閉会

ゲノム時代の植物バイオテクノロジー入門

柴田大輔(かずさDNA研究所・室長)

 21世紀はバイオテクノロジーの時代であると云われている。医学の分野では、ヒトのゲノム塩基配列の解読が進められており、全体の概略が2000年6月に発表された。この成果は、新たな医薬品の開発(「ゲノム創薬」と呼ばれる)や個人の体質にあった医療(オーダーメード医療)を可能にすると期待されている。一方、植物の分野では、アブラナ科の一年草シロイヌナズナの全ゲノム塩基配列の完全な解読が2000年12月に国際協力事業として完了した。シロイヌナズナは、遺伝学や分子生物学の研究には欠かせない研究材料であり、植物の基本的性質を知る上で大切な役割を果たしている。シロイヌナズナで得られた研究成果は、植物バイオテクノロジーや農業に直接的に役に立つ場合が多い。また、イネのゲノム塩基配列の解読が精力的に進められている。
 植物バイオテクノロジーは、食糧問題、環境問題、エネルギー問題と密接に関係しており、これらの解決は人類にとって最大の課題である。その意味から、植物バイオテクノロジーは「人類の生存」に関わる技術であるといえる。
 植物バイオテクノロジーにおいては「いいものを効率よく生産すること」が最大の研究開発目標である。人類が1万年近くの間に野生の植物から各種の栽培作物を改良してきたが、これも食糧や衣料の原料としての効率を高めるためであった。このような作物の育種は「ゆっくりとした植物バイオテクノロジー」であるといえる。それに対し、現在のテクノロジーは、数年で新たな作物を作り出すところまで進歩している。
 本講演では、植物遺伝子やゲノム解析の様子をわかり易く解説し、どのような植物バイオテクノロジーが私たちの生活を豊かにしていくのかを紹介する。

機能性食品とバイオテクノロジー

荒井 綜一(東京農業大学・教授)

 “機能性食品”は日本で生まれた言葉であり、概念(考え方)であった。約15年前のことである。それまでは、栄養の面と嗜好(おいしさ)の面だけから食品の研究が行われてきた。ところが、食品には病気とくに糖尿病、高血圧症、肥満症、骨粗鬆症、大腸癌、食物アレルギーといった生活習慣病を予防する機能もあることが、主に我が国の研究者たちにより初めて明らかにされた。機能性食品科学あるいは食品機能学という新しい学問の誕生である。国(厚生省、農水省)も行政面からこれを支えるようになった。英国科学誌「ネイチャー」(1993)はこうした状況を“日本は食と医の境界に踏み込む”と報道し、世界各国に大きなインパクトを与えた。
 食品には、私たちの身体の免疫、ホルモン、神経、血液、消化を調節し、これらの不調によって発症するかもしれない病気を予防する多様な成分が、微量ではあるものの、常に存在する。したがって、こうした成分を、最新のバイオテクノロジーを駆使して濃縮し、強化することによって、より効果的に生活習慣病を予防する食品の作製が可能である。このような食品をとくに機能性食品という。そのうちのいくつかを厚生省は“特定保健用食品”の名で認可した。これも世界で初めてのことであった。
 日本で生まれ国際的に注目されているこの新しい科学と、基盤技術であるバイオテクノロジーの現状と将来を、低アレルゲン米(アレルギーを予防するコメ)などを例にして、具体的に解説してみたい。

発酵と人類の知恵

小泉 武夫(東京農業大学・教授)

 目に見えない微生物の働きを応用して、人類は「発酵」という一大文化を創造してきた。
 それができた背景には、微生物の性質を知り抜いた知恵の集積があったからにほかならない。先人たちのたゆまない観察と豊かな発想から生れた、この知恵の巧みさときたら、われわれ現代人の想像を遥かに超えるものがある。
 その「発酵」といえば、大方の人は酒、味噌、醤油、納豆、漬物、チーズ、ヨーグルトのような嗜好食品の製造に微生物が関与すること、だと答えるだろう。だが、発酵とはそのような食の領域に限られたものではなく、今日では有機酸、アミノ酸、核酸関連物質、抗生物質、ビタミンやホルモンなどの生理活性物質、糖関連物質、酵素製剤、微生物タンパク質といった医化学製品の製造にも微生物が関与した、巨大な生命産業と言って間違いではなくなった。
 その上、そのような工業的領域さえも超えて、人間を取り巻く自然界における環境浄化という重要な微生物の活動もまた、発酵に入るのである。
 おそらく発酵工業は今後、これまで人類未踏の領域である風邪やガン、エイズなどの完治薬、窒素固定菌の農業分野や食品工業への応用、発酵燃料による自動車の走行、水素細菌による新燃料の生産といった夢のようなものにまで、その実用化が及ぶことは、ほぼ間違いのないことと思われる。
 講演では、微生物の織り成すこのような神秘な生命現象の「発酵」を、人類はいかに巧みに利用してきたかについて論ずるとともに、二十一世紀に生きる私たちは発酵の応用なくして成り立たないことも述べる。

植物バイオの企業化

柴田 勝(王子製紙株式会社・研究所長)

要旨
1)植物バイオは、大別すると次の3分野からなる。
 (1)大量増殖技術(マイクロプロパゲーション)
    ・細胞培養 ・組織培養 ・苗条原基 ・体細胞胚(人工種子)
 (2)新品種の創出
    ・体細胞変異 ・細胞融合 ・遺伝子組換え
 (3)遺伝子マーカー又は遺伝子分析による早期検定法
    ・RAPD法 ・PCR法 ・ゲノム解析
2)植物バイオから何が期待できるか。
 (1)優良種苗の大量生産技術
 (2)種を越えた遺伝的改良(育種)

    ・例えば、ストレス耐性の付与
    ・高成長性(CO2固定の増加)
    ・高品質性(味・機能性)食べる薬剤(抗アトピー、抗生物質の生産等)

3)GMO(形質転換体)の安全性
 何でも”光”と”陰”はつきもの。最近”陰”の方ばかりが意味も分からないまま、流行しているのが心配。何か、暗い中世の”魔女狩り”を連想してしまう。人類にとってバイオテクノロジーのメリットがいかに大きいか、よく考えることも必要だろう。

用語解説(遺伝子組み換えの分野で良く使われる用語について、簡単に説明致します)

GMO(Genetically Modified Organisms)

遺伝子改変生物。遺伝子組換え体と同じ意味。

PCR(Polymerase Chain Reaction)

DNA合成酵素連鎖反応。特殊なDNA合成酵素と1組のプライマーを用いることにより、特定のDNA領域を100万倍にまで増幅することができる。映画「ジュラシックパーク」にも登場した。SNP(Single nucleotide polymorphism)

同じ生物の2個体のDNA塩基配列を比較した時に、ある塩基が異なっている場合に、「多型を示す」といい、この多型をSNPという。SNPは「スニップ」と発音する。植物では、遺伝マーカーとして育種の効率化に利用されようとしている。また、病気の原因となっていることもあるので、ヒトのゲノム解析の成果を利用したSNP探しが精力的に行われている。
ゲノム(Genome)

元々は、生命の最小単位に必要とされる一組の染色体を指していた。今では、一つの生物に含まれる全遺伝子情報を指すことが多い。具体的には全DNA塩基配列を指す。ゲノム解析という場合には、全塩基配列の解読を指している場合が多い。ゲノムに対して、一つの生物に含まれる全てのタンパク質情報のことをプロテオーム(Proteome)という。ゲノム解読の次の研究ターゲットとしてプロテオームが注目されている。

シロイヌナズナ(学名:Arabidopsis thaliana)

アブラナ科の一年草。種を蒔いてから70日ぐらいで種子を採ることができる。実験室で生育させると20cmぐらいになる。遺伝学の実験材料として使われていたが、分子生物学、分子遺伝学の進展とともに広く植物研究の材料として使われている。染色体数は2n=10。ほぼ全染色体をカバーする約1億3000万塩基対の配列が国際協力事業として2000年12月までに解読された。解読された塩基配列内には全ての遺伝子領域が含まれると考えられている。研究者は、会話のなかで、シロイヌナズナとも云うが、「アラビドプシス」あるいは略して「アラビ」ということが多い。シロイヌナズナとは、「白い花を咲かせるイヌナズナ」という意味である。ちなみに、イヌナズナ(学名Draba nemorasa)というアブラナ科植物は黄色い花を咲かせる。植物名によく使われる「イヌ」は、「似て非なる」という意味である。イヌナズナは「ナズナ(ぺんぺん草ともいう、学名Capsellabursa-pastoris)に似ているが異なる」ということになる。ただし、オオイヌノフグリのイヌは「犬」の意。

プライマー(Primer)

元の意味は「導火線」。DNA合成酵素は足がかりがないとDNAを合成することが出来ない。この足がかりとなる短いDNAの断片を言う。このような短いDNAは安価に人工合成することが出来る。

アンチセンス(Antisense)

「反対」「意味」の造語。2本鎖のDNAの内、片方の鎖がメッセンジャーRNA(mRNA)に読み取られてタンパク質を作る。反対側のDNAから人工的にmRNAを作らせる(これをアンチセンスと言う)ことにより、本来の遺伝子の機能を抑えることが出来る。

ベクター(Vector)

元の意味は「運ぶもの」。遺伝子組換え実験では大腸菌等を用いて組換えDNAを増やす必要があるが、通常のDNA断片だけでは増えることはできない。 ベクターには大腸菌等で自己増殖する能力と、組換え体を検出するための抗生物質耐性遺伝子が組み込まれている。なお、遺伝子治療で使われるベクターは、遺伝子を目的の細胞まで運ぶための入れ物を指し、若干意味が異なる。

抗生物質耐性遺伝子

微生物の中には他の生物を殺す抗生物質(例えばペニシリン)を生産するものがある。一方抗生物質の作用を逃れるため、抗生物質を無毒化する酵素を生産する生物もおり、そのような酵素の遺伝子は抗生物質耐性遺伝子と呼ばれる。遺伝子組換え実験あるいはGMOの作出に際しては、目的とする遺伝子が組み込まれた細胞あるいは個体を捜し出す(選択する)ために使われる。

アグロバクテリア(Agrobacterium tumefaciens)

土壌に常在する細菌の一種。植物の傷に感染して自身の持つDNAの内の特定の部分(T-DNAと呼ばれる)を植物細胞に組み込むことができる。研究者は、会話のなかで「アグロ」と略すことが多い。

プローブ(Probe)

元の意味は「探査針」。遺伝子の存在を検出するために使うDNA(またはRNA)の断片を言う。DNAはアデニン(A)とチミン(T)、グアニン(G)とシトシン(C)がそれぞれ対を形成するが、検出したいDNAに対して対を形成する(ハイブリダイズと言う)ようなDNAをプローブとして用いる。

プロモーター(Promoter)

元の意味は「推進者」。遺伝子の先頭には「ここからmRNAを合成する」という指示が書かれている。そのような指示が書かれている部分をプロモーターと呼ぶ。プロモーターは遺伝子をいつ、どこで読み取るかというスイッチの役割を担っている。

お問い合わせ先

日本植物細胞分子生物学会
幹事長 斉藤和季
〒263-8522
千葉市稲毛区弥生町1-33
千葉大学大学院薬学研究院内
Fax:(043)290-2905
E-mail:ksaito@p.chiba-u.ac.jp

または

日本植物細胞分子生物学会第19回大会準備委員長
田中重雄
〒156-8502
東京都世田谷区桜丘1-1-1
東京農業大学応用生物科学部内
Fax:(03)5477-2628
E-mail:19jspcmb@nodai.ac.jp